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zoom RSS 東日本大震災 消防団員の活躍

<<   作成日時 : 2011/06/27 21:10   >>

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東日本大震災で活躍したのは全国各地から駆けつけてきた警察や自衛官、「トモダチ作戦」で名を馳せた米軍に加え地元に根ざした活動を行う消防団員もいました。

彼らは本職に就きながらも火災や災害に対する行動を行ってきています。

>鈴木さんは「(出動は)条件反射というしかない。地域を、自分の家を、守る。津波から助かるには逃げるしかないけれど、それはできないんだ」。

そこにあるのは災害から守るという「使命感」が心のなかに強くあると感じました。



東日本大震災における消防団員の活躍は地元住民だけでなく心ある方によって評価されるであろう



【震災を歩く】帰らぬ消防団員 水門閉めた「使命感」

2011.6.26 09:26

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110626/dst11062609280004-n1.htm

地域に密着し、災害への即応という重い役割を担う消防団員は、英語では「ファイア・ボランティア」という。非常勤特別職の地方公務員とはいえ、年額数万円 程度の報酬と災害活動や訓練に出るたびに数千円程度の手当が支給されるにすぎない。ほとんどの団員は別の職に就いている。



東日本大震災では岩手、宮城、福島3県の消防団員192人が死亡、57人が行方不明になった。津波が襲った岩手県陸前高田市の死亡・行方不明は50人、宮城県気仙沼市でも8人が命を落とした。



人を助けよう、と命懸けの行動に向かう。誰にもそうせざるを得ない場面はあるだろう。わが子を守るため、大事なものを残すため-。頭では理解できても、大 津波や猛火の中へ消防団員を突き動かしたものは何なのか知りたかった。正直にいわねばならないが、「職業でもないのに…」という言葉も頭をよぎった。



そんな思いを抱え、岩手県大槌町に向かった。町を守る水門を閉めようと、高台に逃げる人波と逆に海に向かい、多くの団員が津波にのまれた地である。







瓦礫(がれき)が除かれた大槌町安渡地区から見渡せる、今は穏やかな三陸の海に向かっていくつもの水門があった。高さ約6メートル。ある門は閉じ、ある門は引き波にひしゃげた姿を見せていた。



昭和35年のチリ津波を経験した大槌町は非常時に消防団が水門を閉めることになっている。3月11日、尋常でない揺れの後、安渡地区では団員14人が出動。18分後には12の水門すべてを閉じたが、7人が死亡、1人が行方不明になった。



町消防団第2分団の理容師、澤豊明さん(47)は、父と妻、純子さん(43)と働く理容店にいた。「行ってくっから」と言い残し、店を後にした。



豊明さんはほかの団員とポンプ車で水門に向かった。波は勢いを増し、船がひっくり返る。水門を閉めた後、近くの家に残された寝たきりの高齢者を2階に避難させようとしたとき、津波が防波堤を乗り越え、豊明さんをのみ込んだ。



今も見つかっていない豊明さん。義父も流され、純子さんは高2の長男(16)と中3の長女(14)と残された。避難所となっている小学校の階段下で、いす 1つの理容店を始めた純子さんに尋ねた。何があの時、豊明さんを突き動かしたのでしょう、と。少し考え、「使命感…だと思う」と答えた。







「困ってる友達助けないの?」



消防団の前身は江戸時代の町火消しとされる。300年近く地域を守ってきた組織も、昭和30年に約200万人いた団員が、昨年は88万人まで減った。東京 都杉並区の杉並消防団第7分団長のとび職、高橋恒一さん(63)は「消防団を知らない人もいる」と嘆く。そんな環境でも士気は衰えない。高橋さんは「地域 を守るため。当たり前だよ。被災地の団員も同じだと思うよ」と言い切った。



純子さんを訪ねた夜、近くのプレハブ小屋に足を運んだ。消防団は今もそこを屯所(詰め所)にして警戒を続けている。



あの日、第2分団の漁協職員、鈴木亨さん(42)もポンプ車で出動した。水門を閉め、大槌川付近で作業中に川の水があふれた。車を山に走らせる。バックミ ラーに波が迫る。「10秒遅かったら、のまれていた」。停電で鳴らないサイレンの代わりに、半鐘を打ち鳴らし続けた団員は遺体で見つかった。



鈴木さんは「(出動は)条件反射というしかない。地域を、自分の家を、守る。津波から助かるには逃げるしかないけれど、それはできないんだ」。







東京と大槌町で聞いた「地域」という言葉。そういえば震災前、豊明さんの店は髪を切らない人も集まり、いつもにぎやかな「寄合所」だったそうだ。



純子さんの今の“店”で話していると、知人の男性が散髪にきた。涙を流す彼に、純子さんは「消防団に入っていなかったら、なんて思うこともあるけど、入ってなくても、ああいう人だから助けに行ってたかもね」と話した。壮絶で、穏やかな光景だった。



使命感と命、どちらが重いかなど愚問だ。わかっていながら、残された人を思うとたまらなくなり、夜の屯所でなおも問い続けていた。すると、造船所に勤務す る団員、川端雄貴さん(22)が「友達が困っていたら助けないのですか」といった。そのまっすぐな目に、理屈ではないでしょう、といわれているようで、す ぐに答えられない自分を恥じた。



「でもね」。鈴木さんはいった。「死んじゃいけない。守る人がいなくなっちゃう。美談じゃないんだ」。被災地の真っ暗な夜、最後まで答えの出ない問いが、頭の中にこだまする。



(小川記代子)  



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