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zoom RSS なぜこれが「差別語」なんだ? 「南鮮」「北鮮」という言葉について

<<   作成日時 : 2011/10/13 19:46   >>

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現在「北鮮」「南鮮」は差別語と見なされていますがかつては




>まずかつての植民地時代に朝鮮人自身が担った社会運動で、例えば「衡平社第六回全鮮定期大会」というポスター(下記の註)があるように、「鮮」は朝鮮の略称としてごく普通に使用されており、「鮮」を使うことにためらいは感じられない。






 『戦後の50年』(毎日新聞社)をみると、1959年に「『北鮮に帰すな!』在日韓国人大会」というキャプションの写真が載せられている。そこには「北鮮送還絶対反対」という横断幕をもってデモをする韓国人たちが写っている。




という風にかつては在日朝鮮人の間でも「北鮮」「南鮮」の言葉を用いていました。現在でも中には普段変わらず用いている者もいます。




なぜこれが「差別語」になったのか私だけでなく多くの方が疑問に思うと感じました・・・






普段用いられている言葉が突如として「差別語」として見なされ使われなくなってしまうことがあるこれを許せば言葉の衰退を招くであろう またこれは言論弾圧以外の何物でもない 我々はこれを許してはならない



「北鮮」「南鮮」は差別語か






朝 鮮の略称として「鮮」は差別語であるということは、朝鮮問題に関わる人の常識である。私もこの言葉を使わないように気を付けてきた。しかし何故それが差別 語なのか、十分に納得できる説明をしてくれる人はいなかったし、本もなかった。何はともあれ差別語であるから使うな、の一点張りだったと思う。






 近年の論文でも『こぺる 170』(1992年2月)に金光哲氏の「『鮮人』の呼称について」があるが、「鮮」が差別語であることを当然の前提としているもので、なぜそれが「朝鮮蔑視と侮蔑的感情が内包されている語」なのかの説明はない。






 冷静に考えてみるに、それは「鮮」が差別語であるということの証明にこれまで成功していないということではないか。






 まずかつての植民地時代に朝鮮人自身が担った社会運動で、例えば「衡平社第六回全鮮定期大会」というポスター(下記の註)があるように、「鮮」は朝鮮の略称としてごく普通に使用されており、「鮮」を使うことにためらいは感じられない。






 『戦後の50年』(毎日新聞社)をみると、1959年に「『北鮮に帰すな!』在日韓国人大会」というキャプションの写真が載せられている。そこには「北鮮送還絶対反対」という横断幕をもってデモをする韓国人たちが写っている。






 また現在の在日朝鮮人自身(多くは一世であるが)の口からこの言葉が出てくる。私は「済州道というのは北鮮系が多いからなあ」とか「この前、北鮮にいる弟のとこ行ってきましたんや。北鮮というとこ、太っているのは金日成だけや」とか言う在日一世たちの言葉を聞いた。






あるいはまた「なぜ『北鮮』『南鮮』が差別語なのか。うちの親はしょっちゅう使っている。『朝鮮』こそが差別語だ」と言う二世がいた。






 傾向として、韓国系の人が北朝鮮を「北鮮」と呼ぶことが多いようだ。朝鮮人自身が「北鮮」を多用していることについて、彼らが深刻に議論したというのは聞いたことがない。






  また二世の被差別体験の話を聞いても、「朝鮮」とからかわれたという話ばっかりで、「鮮」という言葉で差別されたという話はなかった。あるいは「朝鮮」と 言いかけてあわてて「韓国の方」と言い直す日本人が多いが、これは「朝鮮」が北朝鮮を意味することが多いだけでなく、相手の心を傷つける差別語ではないか と気づかってのことである。「うちを朝鮮や思うてバカにしてる」とか「なんや、あんた朝鮮やったんか」と言う時の「朝鮮」には、差別的な響きを否定できな い。日本人でも朝鮮人でも「鮮」に差別的な語感を感じず、「朝鮮」の方に差別的な語感を感じる人が多いのではないかと思う。






 「朝鮮」の 頭の「朝」という字を取り去って「鮮」と略称することが頭のないことを意味するもので、朝鮮への蔑視であるという説がある。しかし、古来二文字の国名の下 の漢字でもって略称とする例は多い。例えば「百済」→「済」、「新羅」→「羅」であり、日本でも旧国名では「美濃」→「濃」、「吉備」→「備」などや、今 の地名では「大阪」を「阪」と略称することが少なくない。頭の字を取り去ることは、頭のないことを意味するという説は、成り立たないものである。






 最近では、朝鮮史研究で著名な姜在彦氏はその著書『朝鮮儒教の二千年』(朝日選書2001年1月)のなかで、1392年に高麗が滅び朝鮮が建国された前後の時期を「麗末鮮初」と繰り返し書いておられる。朝鮮の略称としての「鮮」は決して奇異なものではない。






朝鮮の略称としての「鮮」が差別語であると主張する前に、そうであることの証明、および朝鮮人自身が「鮮」を使うことの理由と説明をはっきりさせるべきであろう。










(註)  このポスターの実物の写真が金永大著『朝鮮の被差別民衆』(解放出版社1988)に掲載されている。ところがこの本の中味では、「全鮮定期大会」を「全 国定期大会」と見出し・目次を含めて言い換えている。校正ミスではあり得ない。「全鮮」と「全国」ではその意味が全く違うものだ。これは妄言どころではな く、歴史の改竄である。翻訳者はどんな思いでこのようなことをしたのであろうか。読んで不思議な気がしたものである。




http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuyondai

 より 



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