てかまる日誌

アクセスカウンタ

zoom RSS 「国民実践要領」

<<   作成日時 : 2014/10/28 15:22   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

昭和26年の今日、天野貞祐文相が、教育勅語に代わる国民道徳の基本として「国民実践要領大綱」を発表。言論界や教育界から猛反発を受け27日に撤回。


◆解説
□吉田内閣の意向を受け、天野貞祐(文部大臣 1950年5月‐1952年8月)が、1951年11月に提示した(同月撤回)。後に天野貞祐は、「国民実践要領」は「高坂正顕、西谷啓治、鈴木成高の三氏に依嘱して編纂したもの」であると述べている。
◆全文
□「わが国は今や講和の締結によって、ふたたび独立国家たる資格を得、自主的な再建の道を歩み始むべき時期に際会した。しかるに国家独立の根源は国民における自主独立の精神にあり、その自主独立の精神は、国民によって立つべき道義の確立をまって初めて発現する。道義が確立しない限り、いかなる国の国民も独立独行の気魄を欠き、その国家は必ずや内部から壊敗し衰滅する運命をもつ。
 われわれは新たに国家再建に向って出発せんとするにあたって、建設へのたゆまざる意欲を奮い起すとともに、敗戦による精神の虚脱と道義の廃頽とを克服し、心を合わせて道義の確立に努めねばならないのである。
 道義を確立する根本は、まずわれわれのひとりびとりが自己の自主独立である人格の尊厳にめざめ、利己心を越えて公明正大なる大道を歩み、かくして内に自らの立つところをもつ人間となることに存する。また他の人格の尊厳をたっとび、私心を脱して互いに敬愛し、かくして深い和の精神に貫かれた家庭、社会、国家を形成することに存する。自主独立の精神と和の精神とは、道義の精神の両面である。
 われわれの国家も、自国だけの利害にとらわれることなく、公明正大なる精神に生きなければならない。それによって国家は、他の何ものにも依存しない独立の精神と気魄をもって、新しい建設の道を進み、世界の文化に寄与しうる価値をもった独自の文化の形成に向かうことができる。また同時に、他の諸国家との和協への道を開き、世界の平和・・391 に貢献することができる。
 われわれのひとりびとりもわれわれの国家もともにかかる無私公明の精神に生きるとき、われわれが国家のためにつくすことは、世界人類のためにつくすこととなり、また国家が国民ひとりびとりの人格を尊重し、自由にして健全な成育を遂げしめることは、世界人類のために奉仕することとなるのである。無私公明の精神のみが、個人と国家と世界人類とを一筋に貫通し、それらをともに生かすものである。その精神に生きることによって、われわれは世界の平和と文化に心を向けつつ、しかも祖国を忘れることなく、われわれの国家も、犯すべからざる自主独立を保ちつつ、しかも独善に陥ることなく、俯仰天地に愧じない生活にいそしむことができる。ここに道義の根本があり、われわれは心を一つにしてかかる道義の確立に力を尽くさんことを念願する。この実践要領を提示する主旨も、ここに存するのである。

第一章 個人
一 人格の尊厳
 人の人たるゆえんは、自由なる人格たるところにある。われわれは自己の人格の尊厳を自覚し、それを傷つけてはならない。
 われわれは自己の人格と同様に他人の人格をたっとび、その尊厳と自由とを傷つけてはならない。自己の人格をたっとぶ人は必ず他人の人格をたっとぶ人である。・・392
二 自由
 われわれは真に自由な人間であらねばならない。真に自由な人間とは、自己の人格の尊厳を自覚することによって自ら決断し自ら責任を負うことのできる人間である。
 おのれをほしいままにする自由はかえっておのれを失う。おのれに打ちかち、道に従う人にして初めて真に自由な人間である。
三 責任
 真に自由な人は責任を重んずる人である。責任を伴わぬ自由はない。われわれは自己の言うところ、なすところについて自己に対し、また他人に対しひとしく責任をもつ。けだしわれわれは自己と他人の人格を尊重し、且つ完成せしめるように、つねに努めねばならないのである。無責任な人は他人に迷惑を及ぼすだけでなく自己の人格をそこなう人である。
四 愛
 われわれはあたたかい愛の心を失ってはならない。愛の心は人間性の中核である。
 われわれが互いに他人の欠点をもゆるし人間として生かしてゆくのは愛の力である。大きな愛の心は罪を憎んで人を憎まない。・・395
五 良心
 われわれはつねに良心の声にきき自らをいつわってはならない。たとえそのために不利不幸を招くとも、あくまで真実を守る正直な人は世の光、地の塩である。
六 正義
 われわれはあくまで不義不正を退け、正義につき、私心私情をすてて公明正大であらねばならない。
七 勇気
 われわれは正しいことを行い邪悪なことを克服するために、どのような妨害にも屈しない勇気をもたなければならない。
 血気の勇はかえって事を誤り、真の勇気ではない。但しその実行にあたっては思慮の深さがなければならない。暴勇は真の勇気ではない。
八 忍耐
 われわれは困苦の間にあっても、あくまで道義を操守する忍耐をもたなければならない。
 人間は弱いものであり、困難や苦痛にあえば自暴自棄に陥りやすいけれども、その暗い逆境に耐え、愛情をもちつづけ、正義の道を踏むことこそ、人の世の光である。・・394
九 節度
 身体と精神とが健全に形成され、人間が全人的に調和ある発展をなすためには節度が必要である。
 おのれにかち、節度を失わぬところにこそ、人間の本来の強さが現れる。節度を破った生涯は、一見強そうにみえることもあるが、実は弱さのしるしである。
十 純潔
 われわれは清らかなるものにたいする感受性を失わぬよう心がけねばならない。清らかなものにたいする感受性は、道徳生活の源である。心情は純粋に、行為は清廉に、身体は清潔に保ちたい。
一一 廉恥
 われわれは恥を知らなければならない。恥を知るということは、不純で汚れたものを厭うことである。恥を知る人は、偽善や厚顔無恥におちいることなく慎みを失わない。
一二 謙虚
 われわれは他人にたいしては謙虚な気持ちで接し、傲慢に陥ってはならない。自らのいたらぬことを自覚し、他人の短所に対しては寛容であり、他人の長所を受け入れるということによってのみ、人間相互の交わりは正しく保た・・395 れる。
一三 思慮
 事をなすにあたっては思慮の深さが必要である。
 われわれは現実の事態を見きわめ、且つ広い視野をもたなければならない。一時の感情や欲望にとらわれて事態を正しく認識することがなければ、多くの事を誤るであろう。遠き虞がなければ必ず近き憂いがある。但し思慮は断行する勇気を伴わねばならない。思慮深きことは優柔不断とは別である。
一四 自省
 われわれはつねに自己を省みるように努めねばならない。
 汝自身を知れという教えは道徳の根本的な要素である。自分自身を知ることは、自分の無知を知ることから始まる。知らざるを知るはこれ知れることである。
一五 知恵
 われわれは人生について深く豊かな知恵を養わなければならない。
 知恵豊かにして深い人は、順境におごらず逆境に屈せず、人生を愛し、安んじて立つところをもつ。・・396
一六 敬虔
 われわれの人格と人間性は永遠絶対のものに対する敬虔な宗教的心情によって一層深められる。宗教心を通じて人間は人生の最後の段階を自覚し、ゆるぎなき安心を与えられる。人格の自由も人間相互の愛もかくして初めて全くされる。古来人類の歴史において人の人たる道が明らかになり、良心と愛の精神が保たれてきたことは、神を愛し、仏に帰依し、天をあがめた人達などの存在なくしては考えられない。

第二章 家
一 和合
 家庭は人生の自然に根ざした生命関係であるとともに、人格と人格とが結びついた人倫関係である。それゆえ、その縦の軸をなす親子の間柄においても、横の軸をなす夫婦の間柄においても、自然の愛情と人格的な尊敬がともに含まれている。
二 夫婦
 夫と妻たるものは互いに愛によって一体となり、貞節によってその愛を守り尊敬によってその愛を高め、かくして互いに生涯の良き伴侶でありたい。
 夫婦の愛は人性の自然から咲き出た美しい花である。しかしその愛は倦怠に襲われやすい。その試練に耐えて愛を永続させるものは、貞節と尊敬である。・・397
三 親子
 われわれは親としては慈愛をもって子に対し、立派な人格となるように育成しなければならない。また子としては敬愛をもって親に対し孝養をつくさなければならない。
 子は次の新しい時代を創造し且つ荷なうべき者であるから、その若芽を健やかに伸ばすことは親の喜ばしい義務である。新しい時代の創造はすでになしとげられた成果を正しく継承することによってなされるから、子は親を敬重するのが尊い義務である。
四 兄弟姉妹
 兄弟姉妹は相睦び、それぞれ個性ある人間になるように助け合わねばならない。
 兄弟姉妹は正しい社会の正しい人間関係の原型である。兄弟姉妹は生涯を通じて良き協力者とならねばならない。
五 しつけ
 家庭は最も身近な人間教育の場所である。
 われわれが親あるいは子として、夫あるいは妻として、また兄弟姉妹として、それぞれの務めを愛と誠をもって果すことにより、一家の和楽と秩序が生じてくる。そうすることを通じて各自の人格はおのずから形成され、陶冶される。それゆえ家庭のしつけは健全な社会生活の基礎である。・・398
六 家と家
 家庭は自家の利害のみを事とせず、社会への奉仕に励むべきである。家と家とのなごやかな交わりは社会の美しいつながりである。

第三章 社会
一 公徳心
 人間は社会的動物である。人間は社会を作ることによってのみ生存することができる。社会生活をささえる力となるものは公徳心である。われわれはこの公徳心を養い、互いに助け合って他に迷惑を及ぼさず、社会の規律を重んじなければならない。
二 相互扶助
 互いに助け合うことは、他人の身を思いやるあたたかい親切な心を本とする。
 人々がただ自己の利害のみに走り他をそこなって顧みないならば、社会は悪と不幸に陥り、そのわざわいはやがて加重して自己の身にも返って来る。
三 規律
 社会生活が正しくまた楽しく営まれるためには、社会は規律を欠くことはできない。・・399
 個人が各自ほしいままにふるまい、社会の規律を乱すならば社会を混乱におとしいれ、自他の生活をひとしく不安にする。
四 たしなみと礼儀
 社会生活の品位は各自が礼儀を守り、たしなみを失わないことによって高められる。それが良俗である。
 たしなみと礼儀は、もし魂を失ない、外形だけになれば、かえって虚飾や虚偽となる。しかしそのゆえにたしなみや礼儀を軽んずるのも正しくない。人間の共同生活が野卑に流れず、美しい調和を保つのは、たしなみと礼儀による。
五 性道徳
 両性の間の関係は厳粛な事柄である。われわれはそれを清純で品位あるものたらしめなければならない。性道徳の乱れることは社会の廃頽の大きな原因である。
六 世論
 社会の健全な進展は正しい世論の力による。
 われわれは独断に陥ることなく、世の人々の語るところにすなおに耳を傾けねばならない。しかし正しい世論は単なる附和雷同からは生まれない。われわれはそれぞれ自らの信ずるところに忠実であり、世の風潮に対してみだ・・400 りに迎合しない節操ある精神と、軽々しく追随しない批判力とをもつことが必要である。正しい世論は人々が和して同じないところに生まれ、世論の堕落は同じて和しないところに起る。
七 共同福祉
 社会のつながりは、それぞれ異なった分野に働く者が社会全体の共同福祉を重んずるところに成り立つ。
 身分や階級の相違からさまざまな弊害や利害の衝突が生ずるとしても、それらの弊害や利害の衝突は全体としての社会の意志を表現するところの法に従って解決さるべきである。社会全体の福祉をそこない、社会自身に亀裂を生ぜしめるまでに至るべきではない。すべての人間関係は和をもって尊しとする。

八 勤勉
 われわれは勤労を尊びその習慣を身につけ各自の務めに勤勉であることによって、社会の物質的、精神的財を増大しなければならない。
 勤勉は社会を活気あるものにする。特に資源乏しきわが国の社会においては、われわれが勤勉であり、節倹のうちにも物を生かして使い、怠惰と奢侈に陥らないように自戒する必要がある。
九 健全な常識
 社会が絶えず生き生きと進展するためには、古い陋習を改めることが必要である。しかしまたいたずらに新奇に・・401 走り軽々しく流行を追うべきではない。健全なる社会は健全なる常識によって保たれる。
 われわれはややもすれば旧習にとらわれて創造の意気を失なうか、さもなければ一時の風潮に眩惑されて着実な建設の努力を忘れやすい。伝統は創造を通してのみ正しく保たれ、改新は伝統を踏まえてのみ実効あるものとなる。
一〇 社会の使命
 社会の指名は高い文化を実現するところにある。われわれは文化を専重し、それを身につけ、力を合わせてその発展に努めねばならない。
 社会の文化は人間を教養し形成する力をもつ、文化が軽んぜられるとき、社会は未開へ逆行する。しかしまた文化が人間の精神を高める力を失って単に享楽的となるとき、社会は頽廃に陥る。

第四章 国家
一 国家
 われわれはわれわれの国家のゆるぎなき存続を保ち、その犯すべからざる独立を護り、その清き繁栄と高き文化の確立に寄与しなければならない。
 人間は国家生活において、同一の土地に生まれ、同一のことばを語り、同一の血のつながりを形成し、同一の歴史と文化の伝統のうちに生きているものである国家はわれわれの存在の母胎であり、倫理的、文化的な共同生活・・402 体である。それゆえ、もし国家の自由と独立が犯されれば、われわれの自由と独立も失なわれ、われわれの文化もその基盤を失なうこととならざるをえない。
二 国家と個人
 国家生活は個人が国家のためにつくし国家が個人のためにつくすところに成り立つ。ゆえに国家は個人の人格や幸福を軽んずべきではなく、個人は国家を愛する心を失ってはならない。
 国家は個人が利益のために寄り集まってできた組織ではない。国家は個人のためのしゅだんとみなされてはならない。しかし国家は個人を没却した全体でもない。個人は国家のための手段とみなされてはならない。そこに国家と個人の倫理がある。
三 伝統と創造
 国家が健全なる発展をとげるのは、国民が強靭な精神的結合を保ち、その結合からはつらつたる生命力がわき起こってくることによってである。国民の精神的結合が強固なものであるためには、われわれは国の歴史と文化の伝統の上に、しっかりと立脚しなければならない。また国民の生命力が創造的であるためには、われわれは広く世界に向って目を開き、常に他の長所を取り入れねばならない。
 伝統にとらわれ独善に陥れば、かえって闊達なる進取の気象をはばみ、国家に害を及ぼす。また自らを忘れて他の模倣追随をのみ事とすれば、自主独立の精神を弱め、ひとしく国家に害を及ぼす。・・403
四 国家の文化
 国家はその固有なる民族文化の発展を通じて、独立の価値と個性を発揮しなければならない。その個性は排他的な狭いものであってはならず、その民族文化は世界文化の一環たるにふさわしいものでなければならない。
五 国家の道義
 国家の活動は古今に通じ東西にわたって行われる人類普遍の道義に基づかねばならない。それによって国家は、内には自らの尊厳を保ち外には他への国際信義を全くする。
六 愛国心
 国家の盛衰興亡は国民における愛国心の有無にかかる。
 われわれは祖先から国を伝え受け、子孫へそれを手渡して行くものとして国を危からしめない責任をもつ。国を愛する者は、その責任を満たして、国を盛んならしめ、且つ世界人類に貢献するところの多き国家たらしめるものである。真の愛国心は人類愛と一致する。
七 国家と政治
 国家は一部特定の党派、身分、階級の利益のための手段とみなされてはならない。われわれは常に国家が国民全体のための国家であることを忘れるべきではない。・・404
 それぞれ特殊な立場の人は、その独自の見解にあくまで忠実であるべきである。しかしその際、自己の立場も自己に対立する立場も、ひとしくともに国家の全体に立脚せることを自覚し、相互の自由と平等を認め理解と寛容の上に立って同胞愛を失わず、且つ私利私欲に流れることなく、公明正大に意見をたたかわすべきである。
八 天皇
 われわれは独自の国柄として天皇をいただき、天皇は国民的統合の象徴である。それゆえわれわれは天皇を親愛し、国柄を尊ばねばならない。
 世界のすべての国家はそれぞれに固有な国柄をもつ。わが国の国柄の特長は、長き歴史を一貫して天皇をいただき来たところに存している。したがって天皇の特異な位置は専制的な政治権力に基づかず、天皇への親愛は盲目的な信仰やしいられた隷属とは別である。
九 人類の平和と文化
 われわれは世界の人類の平和と文化に貢献することをもって国家の使命としなければならない。
 国家や民族は単に自己の利益のみを追求したり、自分の立場のみを主張したりする時、世界の平和を乱し人類の文化を脅かす。しかもまたわれわれが世界人類に寄与しうるのは自国の政治や文化を正しく育てることによってのみである。世界人類を思うの故に、国民民族の基盤から遊離したり、国家や民族を思うあまり、世界人類を忘れることはともに真実の道ではない」(391‐405)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
「国民実践要領」  てかまる日誌/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる