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zoom RSS メモ 「学会」の精神

<<   作成日時 : 2016/02/28 10:27   >>

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「学会」の中に会長はじめ、一般会員でさえもそういう心を持った人が少ないのではなかろうかと感じました。。。

また「学会の精神」を持ったとして、「学会」や会長先生や学会幹部が誤った言動、特に我が国や国民を迷わせる言動については厳しく批判する姿勢が求められると感じました・・・

>創価学会の精神
学会精神とは、浅きを去って深きに就く、一人たつ「丈夫の心」である。殉難を恐れぬ、「死身弘法」の決意である。間断なき、「未曾暫廃」の持続である。情熱と勇気の、「勇猛精進」の実践である。いかなる難も、莞爾として耐え忍ぶ、「忍辱大力」である。大聖人の仰せのままに、広宣流布に生き抜く、「如説修行」の行動である。邪悪を許さぬ、「破邪顕正」の精神である。正しき信心の血脈に結ばれた、「師弟不二」の道である。堅固なる「異体同心」の団結である。一人ひとりを仏を敬うがごとく大切にする、「当如敬仏」の心である。この学会精神を伝えるには、どうすればよいのか一一一答えは明らかである。自らが行動することだ。精神の継承は、振る舞いのなかにのみある。(新・人間革命第10巻 言論城の章P90)

「死身弘法」とは命を軽んずる意味ではなく、妙法流布のために生命を使い、燃焼させていくことの意味

「未曾暫廃(未だ曾て暫くも廃せず)」とは、寿量品の文で、仏はその弘道の法戦をしばらくも休むことはないという意味

忍辱の大力=辱めに耐え忍ぶことのできる大きな力の意味

異体同心とは。意味や解説。肉体は違っても、心は一つに固く結ばれていること。関係がきわめて深いたとえ。身体は異なるが、心は同じという意から。(goo辞書からとられました)

師弟不二

「大白蓮華」2006.6より転載
仏法で説く師匠とは、衆生に、自らの拠り所とすべき「法」が自分自身の中にあることを教えてくれる存在である。法を体現した師匠、法と一体となった師匠を求め、その師匠を模範と仰いで弟子が実践していく。そのとき、はじめて「心の師」となる生き方が実現するのです。
言い換えれば、私たちの一生成仏には、衆生の持つ「心の可能性」がどれだけ広いかを教え示す、「法の体現者」であり「法と一体化」した「師」の存在が不可欠となるのです。
http://www16.plala.or.jp/PC-MURA/Siteihuni.htm からとられました

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